あいしてるのブログ

この物語はフィクションです

A子ちゃんの話

 

A子ちゃんは私の初めての女の子だった。

 

初めて好きだと思った女の子で、初めて永遠を誓った女の子で、初めて手放した女の子、それがA子ちゃんだった。きちんとA子ちゃんを愛せなかったせいで、きちんと恋を失うことができなかったせいで、5時間かけて新幹線に乗り故郷という場所へ赴くたび、私はいつも懲りずにA子ちゃんの面影に出会ってしまうし、その度ばかみたいに胸を締め付けられてしまう。待ち合わせて歩いた夕焼けの帰路、キスを交わしたツツジ畠、河川敷を駆ける二人乗りの自転車。あの小さな田舎町の至るところに狂おしいほど私のA子ちゃんが詰まっている。センチメンタルという自傷に抉られる度、A子ちゃんは永遠に癒えることのない私の傷口みたいだと思う。

 

A子ちゃんはそもそも、スクールカースト格下の私が近づけるような女の子じゃなかった。美術の授業でこわい女の子にはじかれたA子ちゃんが仕方なくぼっちな私とペアを組まされることがなかったら、遠いところで息をしていた私たちが交わることなんてなかったし、恋人みたいになるなんてそれこそ思いもしなかった。お互いの上半身の輪郭を筆でなぞっているときだって、私はただただあなたに攻撃されることを恐れていた。A子ちゃんのような、脳みそが筋肉でできているような女の子はいつでも私を傷つけるから。だけど授業が終わるとA子ちゃんは私のキャンバスを覗き込んで「何これ、あーしこんなに美人じゃないやん」って言ってふつうに笑った。A子ちゃんが描いた私も私じゃなかった。上手い下手とかそれ以前に、私は学校でこんなに明るい笑顔を浮かべて幸せそうに笑ったことなんてない。だけどわからないのなんて当たり前だ。だって私たちはそのとき、お互いのことを何も知らなかったから。

 

その日からA子ちゃんはなぜか透明人間の私に話しかけるようになった。もしかしたらずるいのかもしれないと思っていたA子ちゃんははじかれなくなったあとも私にちょっかいを出してくれた。私は徐々にA子ちゃんに懐いたし、A子ちゃんの愛情をもっともっと欲しがった。A子ちゃんは私の面倒な執着を受け入れてくれて、そればかりか、私のことが好きかもしれないという優しい勘違いをしてくれた。A子ちゃんだけが私を見つけてくれた。あの頃、A子ちゃんだけが、こんな私をぬるい地獄から救い出してくれる神様だった。

 

A子ちゃんは、運動ができて、勉強ができなくて、キャッチボールが趣味で、いつでもださいポパイのトレーナーを着ていて、キティちゃんの健康サンダルがお気に入りで、駄菓子の風船ガムが好きで、1日3食良く食べて(時には私の残した分まで食べて)、考えることが嫌いで、ショートカットが似合って、ガタイがよくて、ばかなことをして人を笑わせることが好きだった。A子ちゃんは私とはまるで違っていた。私とはまるで違うところが好きだった。おままごとな恋愛ごっこと言われても、本当にあなたのことがとても好きだった。

 

電車で2時間もかかる場所にある水族館のゆらゆら光る海月水槽の前で、いつか結婚しようねって約束をした。二段ベットの下で毛布にくるまりながら、死ぬときは一緒に死のうねって指切りをした。どうせそんなの叶わない約束だと達観することができない程に私は子どもで、A子ちゃんが私の為に指輪を買っていてくれたことなんて知らなかった。2人で迎える3回目のクリスマスイブが来る前に、私はあなたを手放したから。

 

そして私はやっぱり、あの小さな田舎町を捨てたし、A子ちゃんもやっぱり、あの小さな田舎町に留まった。私たちの奇跡みたいな交わりは偶然の産物でしかなく、絶頂は瞬く間に過ぎ去ってゆき、私たちは手をつないだまま下り坂を転げ落ちることしかできなかった。異物同士が穴を埋め合うなんてそんなのは夢物語だ。私たちの精神がまるっきり異なっていて、だからこそのさよならだったことも初めから予感できていたのに、過ぎ去った過去へのありふれた感傷などナルシスティックな所業だとわかっているのに、どうして私とA子ちゃんは今も手をつないでいられなかったのだろうと、何度も繰り返しぐるぐると考えつづけている。何の意味もなくても。

 

きっと今頃A子ちゃんは私なんかのことは忘れて一人で勝手にそれなりに平凡につまらない感じに幸せになってくれているのだろうし、そうでなければ私が困る。だけど私の手の甲に刻まれたA子ちゃんのイニシャルは一生消えないし、A子ちゃんの亡霊を探し続ける私の悪癖も治らない。来た道を振り返ってみればいつもあの子が私の名前を呼んでいる。だからA子ちゃんは私のファムファタルで、きっと一生忘れられない忘れたくない女の子なのだと思う。

 

 

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どこにでもある平凡な恋の始まりと終わりについて。A子ちゃんがよくカラオケで歌っていたスキマスイッチの藍という曲を聞きながら書きました。