あいしてるのブログ

この物語はフィクションです

ウォークインマイクローゼット

 

洋服って、麻薬だ。ショーウィンドウで運命的な出会いを果たしてしまえばそれが最期、ドーパミンが脳内に大量発生。どんなに高価な洋服だって欲しくてたまらなくなって、そのことしか考えられなくなってしまう。10代からこれまで好きだったブランドは「X-girl」「JaneMarple」「BLUEMOONBLUE」「LIZLISA」「CandyStripper」「RNA」「HELLCATPUNKS」「SEXPOTReVeNGe」「BEAMSBOY」「MILK」「Supreme.La.La」...カジュアル個性派フェミニンガーリーを行ったり来たりで落ち着かない。飽きっぽい性格だからか、季節ごとに気分が変わってクローゼットを一新しがち、これまで洋服にかけたお金のことを思うと眩暈がする。

 

小学生の頃はおしゃれなんてちっとも興味がなくて、「それ何処で買ったの」なんて意地悪言われるような珍妙な柄のTシャツにジーンズ姿で、ぼさぼさ頭に赤いメガネをかけていた。色の組み合わせや生地の違いなんてよく分からないからテイストが全然違う服を着て、雑誌の付録についているサンバイザーやらウエストポーチをおざなりな感じで身につけるような、絶妙にダサい(ことにも気づいていない)女の子だった。そんなダサさが「恥ずかしい」ことなのかもしれないと感じる瞬間は割と遅めにやってくる。小学生の頃は許されていたのに、中学生になった途端いきなり許されなくなることがあるものだが、「洋服のセンス」はその内の一つだった。眉毛をぼさぼさに生やしているのが普通だった女の子がスクールソックスのワンポイント一つに拘りだす。つぼみの花がぱっと開くみたいにお洒落に目覚める同級生を横目に「自分もどうにかしなければ」と焦り出す私が手を伸ばしたのが「Zipper」だった。

 

自己主張は激しいが生身の人間が苦手なネクラ人間と「私他の人とは違うんです」的なツンとしたファッションはがっちり噛み合ってしまうものである。「KERA」「CHOKICHOKI」あたりの雑誌を読み漁っては、教室内のイキリ系サブカル女子としてキャラ立ちしようと試みる私はコロッケ倶楽部という田舎限定そこそこマイナーなカラオケ店で流れていた「リルラリルハ」のPVを一目見て一方的な運命を感じてしまう。当時の神様は「Zipper」表紙常連の「木村カエラ」だった。カエラちゃんになりたくて、なりたくてなりたくてなりたくて、古着屋で柄物のジャケットや派手なタイツやカラフルな小物ばかり選んで購入した。近所の美容院のおじさんに雑誌の切り抜き(「Snowdome」時のベリショ)を見せて、「こんな感じにしてください」なんて注文をつけて切ってもらったら、お母さんに「男の子になりたいの?」と真剣に心配されるなんてこともあった。生徒手帳の表紙を開くと、カエラちゃんとは似ても似つかない、カッコよくも可愛くもないがとにかく髪がめちゃくちゃ短くて、全世界の人間を信用してませんみたいな目つきでこっちを睨む不機嫌な女の子が写っている。そんな感じで呼吸していた当時、教室に行くのも勉強をするのも苦痛だったけれど、自分の好きなものや気に入っているものを身に纏うのは楽しかった。上手く他人とコミュニケートできない自意識にまみれた田舎のダサい中学生が、お洒落を楽しいと感じることができるようになったのもこの頃だ。それが例え似合っていなかったとしても、傍目から見てかっこ悪かったとしても、愛したいものを愛すること、そのこと自体が誇らしかったのだと思う。洋服は私自身を愛するきっかけを私にくれた。

 

洋服が起こしてくれたミラクルはそれだけじゃない。高校生のとき、ロックといえば「NANA」程度の知識しかなく、洋楽も聞かないし楽器も弾けないのに何故かパンクファッションにハマった。理由はただ一つ、隣の隣のクラスにいた女の子に一目惚れしてお近づきになりたかったからである。ウルフショートカットのよく似合うボーイッシュな彼女はいつもヘッドフォンで何かうるさめな音楽を聴いていた。初めて隣町の駅の雑貨屋で、彼女が好きなブランドの南京錠ネックレスを買ったときのことを今も覚えている。首元にそれをつける度に肌が赤くかぶれたけれど、赤黒白十字架骸骨、イカつくて格好いいモチーフを身につけているとよわい自分が少しだけつよくなれた気がした。パンクなファッションは抑圧に対する抵抗であり、自分の殻に籠るための武装であり、私を傷つける世界に対して翻すロックな反旗だった。そんなパンクファッションは一度だけ私に特別な奇跡を起こしてくれた。「EASTBOY」のスクールバッグに銀色の手錠をコンコルド代わりにつけていたら、帰り道に憧れの女の子が近寄ってきて「お揃いだね」と笑いかけてくれた。私たちは一度だけ放課後にデートをした。スクールバッグの手錠をお互いの手首につけて撮ったプリクラを卒業するまで携帯の待ち受けにしていたことをきっと彼女は知らないのだろうけど。

 

かわいかったりかっこよかったりするお洋服はきっと何者にもなれない退屈な私にいつも不思議な魔法をかけてくれる。ブリーチをかけて金赤緑に色を入れて、マーチンの3ホールに足を突っ込んだら、憂鬱な坂道が普段より色鮮やかに見える気がした。洋服が好きという気持ちは、今も昔も変わらない。突然電撃が走るみたいに、服のことしか考えられなくなるくらいのめり込む瞬間がやってきて、やがて波のように去っていく。その時々でなりたい自分見られたい自分のイメージは流動的に変わっていくから、これまで多種多様な洋服を着ては脱いできたけれど、これからだって全然違うお洋服を自分勝手に楽しみつづけられたらいいなと思う。できれば一生使える上質なものよりも、今この瞬間的に何よりも代え難く素敵だと心惹かれる洋服を纏っていたい。実用的であるとか、丈夫であるとかだけじゃなくて、そんな刹那的な感傷が似合う自分でありたい。