あいしてるのブログ

この物語はフィクションです

好きだよって言ってよ

 

一目惚れみたいな恋だった。まっすぐすぎて不器用なきみに出会った瞬間すぐにわかった、きみのこと絶対好きになるってこと。わたしはあの頃父親のような人ばかり好んで選んでいた。父親のようにわたしを撫でてくれる人、怒って叩いてくれて、分かりやすく支配してくれる人。閉塞感にころされそうだった季節から抜け出せても底なしの甘い地獄からは抜け出せないから。同い年の女の子に、まだ少女から抜けきらないような女の子に、神様みたいな役割を期待するなんて無謀だし、というより勝手すぎるし求めすぎだしまずそんな関係続かないけど。何にも見えてなくて、見えてないことに気づけない程子どもだったから、ひとりぼっちの海月の幽霊みたいに、見知らぬ街のなかをゆらゆら漂ってばかりいた。

 

そこは誰もわたしのことを知らなくて、わたしも誰のことも知らない街だった。だから幽霊たちとの待ち合わせの場所はいつも沢山の人が乗り降りするバス停だった。乗客と運転手のやりとりは大体同じだったから、物覚えが悪すぎるわたしでも作法だけは身につけることができた。切符を買って、運転手に渡す。時間がきたらボタンを押して、さよならを言って、バスから降りる。次の日にはバスの中の記憶はすっぽりと抜け落ちていて、まるで夢の中にいたような浮遊感だけが残った。嘘みたいな日常に揺られながらも、どんどん喉だけは閉まって、呼吸することすらままならなくなった。居場所なんか何処にもないのに、どうしてわたしは生きているのだろうという疑問が膨れあがっていった。

 

電気代を払っていない部屋は暗くて、コンビニで買ったアイスの実はすぐに溶けて手の中でべとべとになった。生まれて初めての夏休みに、携帯はほとんど鳴らなくて、たまにくるメルマガの通知を見るたびにきみのことを思い出していた。狭い部屋の中できみのことを考えるのは狂気の沙汰でしかなく、ほかに行く場所もなかったので、わたしは意味もなくバス停に足を運んだ。風の日にも雨の日にも傘をささずにバス停に立った。昨日と同じことをして、昨日と同じ言葉を交わして、ひとりぼっちのままバスから降りる。待ち人が来なくても、通りすがりの人に水たまりに蹴落とされても、わたしはきみに心配してもらえるのなら何度でもこのごっこ遊戯を繰り返すことができるだろう。

 

あなたが男の子ならいいのに。その一言で髪を切って、服装を変えた。男の子に変身したわたしはきみに本当の告白をした。きみがわたしを見る目は変わった。そばにいることを許されたわたしと、そばにいることを許したきみ。いつの間にか完全に上下関係が出来上がっていて、それは悲しいことに恋なんかとは似ても似つかなかった。猫耳が似合わないきみに猫耳をつけてよってお願いしたらつけてくれて、それがわたしへの誕生日プレゼントだとか何とかむかつくことを言ってきみは笑った。随分下に見られているんだな、恋愛は好きになった方が負けなんだな、わたしに勝ち目なんてないんだなと思いながらももう笑うしかなくて笑った。きみが優しかったのは、わたしが心配だからとか、好きだからとかじゃなくて、わたしのような女の子には優しくしなきゃいけないって思ってるからだ。わたしの予想通りに、きみはいい子で、残酷な女の子だった。秋の風にさらされて、きみのようにと似せて刈り込んだ首元が冷たくて、マウンテンパーカーのジッパーを上げて少しだけ泣いた。

 

今日の空は気に入らないくらい爽やかに青々としている。きみのような女の子は結局、よく笑ってよく呑んで健康的なセックスをする男の人が好きなのだ。やっぱりね、そうだよね、わかってたよね。何故だか自分にもきみにも呆れながら、ライスシャワーを青空に向かって投げた。きみが結婚する男の人はわたしとはまるで違う人間だった。それでも、一度だけでもいいから、嘘でもいいから、きみに好きだよって言われてみたかった。わたしはいつも、手に入らないものばかり好きになる。